2011.09.06 Tue 朝ミュージアム
三代目です。
9月4日に湯田川で「朝ミュージアム」が開催されました!
第一回目のテーマは「だだちゃ豆」ということで
山形大学の教授に話を聞きに行き
どっぷり、だだちゃ豆についてレクチャーを受け
野菜に対する愛を感じ取る事ができました!
その「愛」を多くの人に伝えたい!
その一身で作り上げたのがこの朝ミュージアムなのです。
実際、農業をやっている、のりまさ君と共に
だだちゃ豆について語り合い、学び合いました。
今回のミュージアムを作っていく過程で
私は多くの事を学んだな~と実感しています。
ミュージアムが成功する事は、当たり前である事
なぜなら
多くの人間がこのプロジェクトに関わり
多くの時間と労力を使ってもらいました
参加した多くの人達は
いつも笑っていてくれたけれど
その優しさにかまけてはいけないという事
このプロジェクトはそんな人達を
裏切ってはならないのだという気持ちが一番大事なんだと
私は思っています!
その気持ちを全員が共有しなければ決して
本当の成功とは呼べないという事
全ては「愛」です!
ま
くさい話はこのくらいにしておきます…
さ~
来た人も来れなかった人も
もう一度あの時間を振り返ってみましょう~
これが「朝ミュージアム」の玄関(湯田川温泉バスのり場)です。

入り口の「のれん」を潜ると
大きな迫力のある写真が目の前に現れます!
こちらの写真は東海林 晴哉さんが撮ったものです!!!!

奥に貼ってあるのは、だだちゃ豆の収穫一覧図です。
これでも全てのだだちゃ豆の名前は書いてありません!!
そうです、だだちゃ豆ってめちゃくちゃ
種類があるんですよ~
そして、面白いのは、そのだだちゃ豆の収穫日数です。
ほとんどが1週間弱なのですよ!

だから庄内の農家の人々は長く長くだだちゃ豆を楽しむために
(それだけではないんですが…)
品種を増やし、春の種まきの時期をずらしたり
早生品種や晩成品種をうまく選別して
これだけの収穫日数を作り上げたのだという面白さがあるのです!
表の下や上にぶら下がっている物は、だだちゃ豆です。
でも食べる為の物ではなく、種を取り出す為の物なのです。
だだちゃ豆は種を自分達で乾燥させ、選別して来年まく種にします。
ですから、種は門外不出なのです!
こうやって、長い年月
種をまき→中間管理(土をかますなど)→収穫→種の乾燥
このプロセスを繰返して守ってきたのです!!

そうやって、種が出来上がり守られてきたのだと思うと
この一粒一粒がとてつもなく重い物に感じられます!

だだちゃ豆はどのように生まれたのか
はじめからあったのか
いや、はじめは、まったく違う物だったのです。
八里半豆
聞いた事がある人は少ないと思いますが
この豆がだだちゃ豆の先祖なのです!
八里半とは当時、栗ほどあまい豆
栗=九里として それより少し甘味がすくないから
8.5里豆=八里半豆となったようです。
その豆が小真木にやって来たのがはじまりとされています。
そして、小真木の五十嵐すけうえもんという方によって
育てられ、庄内で人気になったのです。
そののち、すけうえもんの息子の孝太が
その種を受け継ぎ、より旨く育て上げたのが
タタガ豆という豆なのです。
その豆を酒井忠篤公が食べ「だだちゃ豆」と言う様に
なったのは皆さんもしっている事だとおもいます。
みなさんが知っている白山だだちゃ豆もこののちに
寺田から、タタガ豆の流れである「娘茶豆」を
お土産に持ち帰った事がきっかけになり誕生するのです。
枝豆のルーツを辿ってみると
全国的には、いろいろな品種が混ざり合い作られている事が
わかります。しかし、ここ庄内のだだちゃ豆は違います。
DNA鑑定などをすると、とてつもなく狭い範囲で
交配が繰返されている事実
これは全国的にみても、とても珍しいという事なのです!
庄内人の真面目な性格と探究心から生まれた、だだちゃ豆
朝ミューではそんな事が体験出来るのです。
まだまだ言いたい事や説明したい事はありますが。
今日はこのくらいにしておきましょう~
今度のテーマは何になるのか
それはまだ実は決まっていません!
これから10月に向けてミーティングが繰返されます!
乞うご期待!
ここからは写真をば~っと紹介して終わりたいと思います。














次回をお楽しみに!
ではでは
9月4日に湯田川で「朝ミュージアム」が開催されました!
第一回目のテーマは「だだちゃ豆」ということで
山形大学の教授に話を聞きに行き
どっぷり、だだちゃ豆についてレクチャーを受け
野菜に対する愛を感じ取る事ができました!
その「愛」を多くの人に伝えたい!
その一身で作り上げたのがこの朝ミュージアムなのです。
実際、農業をやっている、のりまさ君と共に
だだちゃ豆について語り合い、学び合いました。
今回のミュージアムを作っていく過程で
私は多くの事を学んだな~と実感しています。
ミュージアムが成功する事は、当たり前である事
なぜなら
多くの人間がこのプロジェクトに関わり
多くの時間と労力を使ってもらいました
参加した多くの人達は
いつも笑っていてくれたけれど
その優しさにかまけてはいけないという事
このプロジェクトはそんな人達を
裏切ってはならないのだという気持ちが一番大事なんだと
私は思っています!
その気持ちを全員が共有しなければ決して
本当の成功とは呼べないという事
全ては「愛」です!
ま
くさい話はこのくらいにしておきます…
さ~
来た人も来れなかった人も
もう一度あの時間を振り返ってみましょう~
これが「朝ミュージアム」の玄関(湯田川温泉バスのり場)です。

入り口の「のれん」を潜ると
大きな迫力のある写真が目の前に現れます!
こちらの写真は東海林 晴哉さんが撮ったものです!!!!

奥に貼ってあるのは、だだちゃ豆の収穫一覧図です。
これでも全てのだだちゃ豆の名前は書いてありません!!
そうです、だだちゃ豆ってめちゃくちゃ
種類があるんですよ~
そして、面白いのは、そのだだちゃ豆の収穫日数です。
ほとんどが1週間弱なのですよ!

だから庄内の農家の人々は長く長くだだちゃ豆を楽しむために
(それだけではないんですが…)
品種を増やし、春の種まきの時期をずらしたり
早生品種や晩成品種をうまく選別して
これだけの収穫日数を作り上げたのだという面白さがあるのです!
表の下や上にぶら下がっている物は、だだちゃ豆です。
でも食べる為の物ではなく、種を取り出す為の物なのです。
だだちゃ豆は種を自分達で乾燥させ、選別して来年まく種にします。
ですから、種は門外不出なのです!
こうやって、長い年月
種をまき→中間管理(土をかますなど)→収穫→種の乾燥
このプロセスを繰返して守ってきたのです!!

そうやって、種が出来上がり守られてきたのだと思うと
この一粒一粒がとてつもなく重い物に感じられます!

だだちゃ豆はどのように生まれたのか
はじめからあったのか
いや、はじめは、まったく違う物だったのです。
八里半豆
聞いた事がある人は少ないと思いますが
この豆がだだちゃ豆の先祖なのです!
八里半とは当時、栗ほどあまい豆
栗=九里として それより少し甘味がすくないから
8.5里豆=八里半豆となったようです。
その豆が小真木にやって来たのがはじまりとされています。
そして、小真木の五十嵐すけうえもんという方によって
育てられ、庄内で人気になったのです。
そののち、すけうえもんの息子の孝太が
その種を受け継ぎ、より旨く育て上げたのが
タタガ豆という豆なのです。
その豆を酒井忠篤公が食べ「だだちゃ豆」と言う様に
なったのは皆さんもしっている事だとおもいます。
みなさんが知っている白山だだちゃ豆もこののちに
寺田から、タタガ豆の流れである「娘茶豆」を
お土産に持ち帰った事がきっかけになり誕生するのです。
枝豆のルーツを辿ってみると
全国的には、いろいろな品種が混ざり合い作られている事が
わかります。しかし、ここ庄内のだだちゃ豆は違います。
DNA鑑定などをすると、とてつもなく狭い範囲で
交配が繰返されている事実
これは全国的にみても、とても珍しいという事なのです!
庄内人の真面目な性格と探究心から生まれた、だだちゃ豆
朝ミューではそんな事が体験出来るのです。
まだまだ言いたい事や説明したい事はありますが。
今日はこのくらいにしておきましょう~
今度のテーマは何になるのか
それはまだ実は決まっていません!
これから10月に向けてミーティングが繰返されます!
乞うご期待!
ここからは写真をば~っと紹介して終わりたいと思います。














次回をお楽しみに!
ではでは
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